■改題・改訂
――「作家」発表も度重なってきたので、私はこんどはこれまでの小品類の整理を思い立った。私はまず、自分の上に単行本など期待されないから、読者に対して作品をまとめておく責任があると考えた。これが知らぬうちにクラシック群になり、序にもっと長い物も改訂しておこうという気持を起させ、こうして以後十年間に亙って、改作及び新作の「作家」誌発表が続くことになった。(『タルホ=コスモロジー』)
タルホ世界の解明は、キーワードだけでなく、もちろん作品単位でもなされなければなりません。しかしながら、タルホ作品について語ろうとするとき、そこには「改題・改訂の問題」という一大難関が立ちふさがっています。改訂は上記のように「作家」誌上に限ったことではなく、きわめて初期の段階から繰り返し行われており、イナガキ・タルホという作家の際立った特徴となっています。「私は自分の文章の上に、万国博覧会の機械館と、旗で飾り立てた軍艦とを感じている。つまりモザイクであり、アミールアセテートとアセトンの混合液をもってするフィルム的継ぎ合せだということが、我ながらよく判っているのである」と語っています。これは自身の文体的な側面を指しているのでしょうが、繰り返し改訂される作品についても同様なことが言えるわけです。そうした創作の方法論自体、解き明かされるべき大きなテーマの一つだと思われます。
幸い、私たちは『タルホ=コスモロジー』というタルホ自註の作品解説書をもっており、作品成立の背景などを知るための貴重な資料的役割を果たしていますが、当然、記述の誤りもあり、批判的な読み方が要求されます。
作品の変遷、ヴァリアントを跡づける作業は、これまでに断片的にはなされていますが、いまだその全容を見るまでに至っていません。
【2000年〜2001年に『稲垣足穂全集』(筑摩書房)が刊行され、編者の萩原幸子氏によって全作品の改訂過程が明らかにされていますので、この言は訂正を要することになりました。】
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