シ ガ ー & シ ガ レ ッ ト

c  i  g  a  r  s  &  c  i  g  a  r  e  t  t  e  s



 タルホ作品に登場するタバコの銘柄はなかなか印象的です。できるだけ集めてみたいものですが、よほどのコレクターでもないかぎり、当時のタバコパッケージを手に入れるのは不可能です。ここでは、たまたま手に入れた「復刻版」によって、とりあえず2つほどご紹介します。
 タバコに関する本は多数ありますが、パッケージを収集したもので比較的最近出版されたものとしては、『日本のたばこデザイン』(編集/たばこと塩の博物館、発行/財団法人たばこ産業弘済会、1985年)が参考になります。
 またサイト上では、わが国のタバコパッケージを歴史的に整理して展示しておられる「YOSHIのホームページ」が、このページを補足するのに大いに参考になりますので、ぜひそちらを訪問してみてください。

スター

エアーシップ


CONTENTS



































スター
 「Tという男が、いったいどこで覚えたのか、ポケットに入れた紙箱の中から寸秒のあいだにタバコを抜き取る。先日私が湊川新開地の入口でスターを二箇買って、その一つをかれに手渡した時、奴さん、もうその中の一本を口に咥えている!」(「星を売る店」

 「角をまがってタバコを吸おうとポケットの箱を出すと、抜き出した一本がクチャクチャになっている。と、その箱のSTARであることに気がついて、今すてたクシャクシャのをひろってよく見ると、果たして、GOLDEN BATであった」(「タルホ五話:日出前」

 「坐っているかと思えば立上り、出て行ったと見ると表から引返してくるのは、彼の以前からの癖であったが、この日も、これから市ヶ谷にいる学校友達を訪れると云い出したので、その道順を教えると、もう少年は立ち上って、まだ一時間も経っていないのに出て行ってしまった。手のつけてないスターの紙函が一箇、私のために畳の上に残されていた」(「彼等[THEY]」

  

 これはJTの前身、日本専売公社が1979年に発売した「スター」の復刻版パッケージデザインです(中身はMILD SEVEN)。
 このデザインの「スター」(10本入り)が発売されたのは1904(明治37)年で、『日本のたばこデザイン』によると、「濃い紺地の夜空に輝く星くずのなかに、一段と大きい金色の星がアイ・キャッチャーとなり、その上にアール・ヌーボー調のレタリングでSTARと入れ、画面の下に軍艦が描いてある。翌年輸出用と国内用と図案を変え、国内用は軍艦と裏面の樹木のある夜景を除き、空はむら雲が側面から裏面へ回り、正面の金色の星が白抜き、裏面は草むらとなった。STARの書体も変わり、半円形に書き直されたCIGARETTESの配置もよく……」とあります。
 したがって、日本で主に流通していたのはデザイン変更後のもので、それは1930(昭和5)年まで続いたようです。タルホが吸っていたのも変更後の「スター」ということになります(変更後の「スター」は『日本のたばこデザイン』参照)。


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エアーシップ
 「最初の帝都訪問飛行は、何より先に全都の青少年の血を湧かし、『徳川式飛行機』を彼らの脳裡に印象づけた点に功績があった。一般画家はまた、この飛行によって初めて、飛行機を描くための生きたモデルを示されたわけである。アルプス風景の中にプリミティヴな飛行機飛行船が飛び交うている丸缶入りの両切煙草“Air Ship”が専売局から売出されたのは、ちょうどこの頃であった」(「ライト兄弟に始まる」

 「名古屋の『作家』同人の野川友喜が、先頃私の作品について書いた文章の中に、歌わざるオルゴールという表現があった。これは明治末年に売出され、戦前まであった両切煙草『エアシップ』五十本入りの丸缶のことである。アルプスの山岳と赤屋根のバンガローが散在する斜面を背景にして、さまざまな飛行機飛行船が飛び交うている所で、この愉しさを野川君は、『沈黙のオルゴール』に喩えたのであろう。ところで、このパノラマ風景が、円筒の外側をぐるりとひと旋りしているのだから、これも又、相反する曲率の組合わせになっている」(「改訂増補ロバチェフスキー空間を旋りて」

 「朔太郎 僕は『朝日』を常用している。よくごらん、この包み紙にある紅い太陽は、霞の横縞の向うに在るのでない。霞のスクリーンへ向って、こちらから幻灯で投影したもののように置かれている。この空間にもマイナスの符号がついているのでないか?
 筆者 では、『エアシップ』五十本入りの円缶をどう見ますか? あれは確か明治の末年、僕が小学生の時に売り出された。ヴェッターホーンに似た風景の中を、玩具のような原始航空機が飛び廻っている。このアルプスの景色は、どっちに向って進んでも、元の所へ帰ってくる。これは『外側のパノラマ小屋』だと云うべきだ」(「吊籃に夢む」

  

 この「エアーシップ」も同じ年のリプリント版から。『日本のたばこデザイン』によると、このパッケージは1921(大正10)年〜1937(昭和12)年まで発売されていた紙箱10本入り用のもので、50本入り丸缶のものではありません。構図はほぼ同じですが、稜線や飛行船・飛行機の位置などが丸缶とは若干異なっており、描き直されています(丸缶については「YOSHIのホームページ」参照)。
 「エアーシップ」丸缶が最初に発売されたのは1910(明治43)年5月。徳川好敏大尉のファルマン複葉機が代々木練兵場において我が国で初めて飛行に成功したのは同年12月19日ですから、それより半年以上も前になります。タルホが言っているように、徳川大尉の帝都訪問飛行(1912年10月27日)によって、一般画家が初めて生きたモデルを示されたのなら、「エアーシップ」丸缶の画家は、おそらく実物の飛行機をまだ見たことはなく、写真か何かを見て描いたことになります。『日本のたばこデザイン』によると、「作者は凸版印刷株式会社に勤務した『敷島』の作者本多忠保氏の子息、功氏の作である」とあります。
 「エアーシップ」丸缶は、1926(大正15)年にデザインを一新し、大空と平原の間を飛行船と飛行機が飛んでいる図柄となり、10本入りと同じく1937(昭和12)年まで発売されています。

 


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CONTENTS


















































n o t e s


「星を売る店」
 『稲垣足穂全集2』(筑摩書房、2000年、p.70)

「タルホ五話:日出前」
 『多留保集6』(潮出版社、1975年、p.20)

「彼等[THEY]」
 『稲垣足穂全集3』(同上、p.164)

「ライト兄弟に始まる」
 『稲垣足穂全集6』(同上、2001年、p.126〜127)

「改訂増補ロバチェフスキー空間を旋りて」
 『稲垣足穂全集5』(同上、2001年、p.102〜103)

「吊籃に夢む」
 『稲垣足穂全集6』(同上、p.298)