1903(明治36)年 2歳



★まだ西成郡今宮村と呼ばれていた天王寺に、第五回内国勧業大博覧会が開かれた。この会場の一隅、茶臼山の池に初めてウォーターシュートが紹介されて、これが私の父に二十世紀的感覚の魅力を喚び起こしたのであろう。(「ノアトン氏の月世界」『星の都』p.306)

★未だ西成郡今宮村と呼ばれていた天王寺に第五回内国勧業大博覧会が開かれている。この会場の一隅、茶臼山の池に初めてウォーターシュートが紹介されて、これが私の父に「初乗」の味を覚えさせたのだと察しられる。(「蘆の都」『大全5』p.182)
☆この第五回国内勧業博覧会のことは、「父と子」(『大全4』p.132〜133)、「未来派へのアプローチ」(『大全1』p.314)にも同様の記述あり。
☆『ディスプレイ100年の旅』(乃村工藝社、平成5年)によれば、大阪・天王寺の第5回内国勧業博覧会開催は、明治36年とある。
☆吉田光邦『改訂版・万国博覧会』(NHKブックス、S60、p.125)によれば、明治36年に大阪で開かれた第5回内国勧業博の会期は「3月1日から7月31日まで」とある。
☆「以来、毎年同じ場所に見られた小博覧会では、旅順港で分捕った機械水雷や探照燈や速射砲が陳列され」とあるので、日露戦争後(明治38年)も「小博覧会」は続けられていたようである。


★大棧橋と花園橋間五キロに電車が開通したのは、明治三十六年の秋だというから、あれは第五回内国勧業博覧会があった年で、自分は未だ満二歳にもなっていない。(「蘆の都」『大全5』p.175)
☆この「満二歳にもなっていない」は、「満三歳にも……」のはずである。
☆同p.182にも、「日露戦争の前年に築港行電車が初めて通じた」とある。


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