──ポッカリ空いた大きな穴についての考察──
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[Part 9]
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■地上の物体≠ニ宇宙の天体≠ニが同等に
さて、これまでタルホが、ロバチェフスキーとリーマンについて述べている主だった記述を、筆者なりに整理しながら見てきました。しかし、一向に結論に至らない今回の「気配の物理学」のページに、しびれを切らして退出された人もいることでしょう。そろそろ最初のテーマに立ち戻って、それに沿ったまとめをしなければなりません。
すなわち、タルホが小学校2年生のときに覚えたという、軍艦浅間≠ェ去った後のポッカリ大きな穴があいたような&s思議な感覚を、のちにどのようにしてリーマン的≠ニロバチェフスキー的≠ニいう言葉を使って解釈するようになったのか≠ニいう問題です。
しかしながら、これまで丹念にリーマン/ロバチェフスキー空間について見てきたつもりですが、一向に軍艦浅間≠ノ直接結び付くような事象に出会うことができません。そもそもこの問題設定は結論に至るのか? 軍艦浅間≠ニリーマン/ロバチェフスキー空間≠ニの間には、いまだ発見されないミッシングリンク(失われた環)≠フようなものが存在するのか。はたしてこの両者をつなぐカギは見つかるのか。
タルホは、ポッカリ大きな穴があいたような&s思議な感覚について、次のような解釈に到達したと述べていました。
【A】
四十年経って(※)やっと、「船が去れば其処は元通りのリーマン的重力世界に復帰する」という解釈に彼は到達した。サーカスが懸っていた空地の円形砂場、一般焼跡、ポンペイのような廃墟にあっても、似たようなことが生じる。より屡々向うにある大建築、山岳、天体、そしておそらく偉人に対した場合にも、経験されるものに相違ない。つまり先方に相当量の質料がある場合、空間は遠心力の影響を受けて、自ら双曲線的にひらかれるのである。(「父と子」、全集7、p.167)
※ この「四十年経って」とは、「宇宙論入門」執筆時(1944〜1947年頃)のことを指しているのではないでしょうか? 軍艦浅間≠フ観艦式は明治41(1908)年でしたから、それから40年後といえば、だいたいその頃になります。当時、非ユークリッド幾何学について集中的に勉強したことで、そのような解釈に到達した、という意味だろうと思われます。
冒頭にも掲げたこの引用箇所を、ここで改めて読み直してみたとき、これまで筆者のページに辛抱強く付き合ってくださった人なら、すぐにお気付きになったに違いありません。すなわち、この記述は、先の[Part 8]で取り上げた、以下の記述と同様のことを言っているということを…。
【B】
ガモフ博士は他の著書で、鞍状空間を次のように説明している。「もし当方が物質でみちみちていたならば、そこにはリーマン的曲率が形成される。物質が向うの方に多量に存する場合には、空間はロバチェフスキー的にならざるを得ない」と。(「改訂増補 ロバチェフスキー空間を旋りて」、全集5、p.105)
【A】において、船が去れば其処は元通りのリーマン的重力世界に復帰する≠ニいうのは、大質量を持った軍艦が居なくなれば、先方の質量はゼロとなり、当然、相対的に当方の質量が勝ることになるので、【B】における当方が物質でみちみちていたならば、そこにはリーマン的曲率が形成される≠ニ同じ意味であることが分かります。
また、【A】の先方に相当量の質料がある場合、空間は遠心力の影響を受けて、自ら双曲線的にひらかれるのである≠ニいうのは、双曲線的≠ロバチェフスキー的≠ノ置き換えれば、【B】の物質が向うの方に多量に存する場合には、空間はロバチェフスキー的にならざるを得ない≠ニ同じ意味になります。
ただし、ここで注意しなければならないのは、【B】は広大な宇宙空間の話であるのに対し、【A】は軍艦≠フ話であることです。しかも、それは軍艦≠ノ限らない、サーカスが懸っていた空地の円形砂場、一般焼跡、ポンペイのような廃墟にあっても、似たようなことが生じる。より屡々向うにある大建築、山岳、天体、そしておそらく偉人に対した場合にも、経験されるものに相違ない。≠ニ言っています。驚くべきことに、ここでは地上のさまざまな物体≠ニ天体≠ニが同等に見なされているのです。
さらに、【A】の記述には、もう一つ注目すべきことが含意されています。それも[Part 8]で取り上げた、以下の事柄です。
【C】
本章で憶えておかなければならぬのは、空間という空ッポな容器の中に物がはいっているのでない、物質が空間を定めている。物体の存在によって周囲の空間にさまざまな変化が起り、空間は創造されつつあるものである。(「宇宙論入門」、全集5、p.390)
つまり、空間あっての物質≠ナなく物質あっての空間≠ニいう考え方です。もちろん、それは宇宙空間と天体について述べているのであって、地上の物体について言っているわけではありませんでした。
しかし、【A】は明らかに、地上においても、相当量の質料(量)によって空間の性質が変化すること、すなわち向こうに大きな質量があれば、空間はロバチェフスキー空間になり、向こうの質量が無くなれば(相対的にこちらの質量が大きくなれば)、空間はリーマン空間になる、と言っているのです。
太陽の質量によって近傍を通る光の進路が歪められる(空間が歪められる)、ということはすでに述べましたが、それは太陽という大質量の天体によって引き起こされる現象でした。ガモフ博士も『1, 2, 3, ・・・無限大』(p.143)の中で言っています。
物理学的空間は巨大な質量の附近で彎曲するといっても、おそらくヒマラヤ山脈でさえも、われわれの最も精密な測定装置によってもその偏りが記録され得ないほどの不十分さでしか、附近の空間を曲げないということなのである。≠ニ。ヒマラヤの周囲を三角形で囲んで、その内角の和を測定してもやはり180度になるだろう、とイラスト入りで述べています。
ちなみに太陽の質量は、地球の質量の33万倍、つまり地球上の物体(たとえそれがヒマラヤ山脈でも)によって空間が歪められるというのは、物理学的にはあり得ないということを言っているわけです。
■タルホ・マジカル・ワールド%o場
では、なぜこのように天体から地上へと飛躍≠ェ行われるようになったのか?
筆者には、【B】も【C】も、空間≠ニ物質≠ニいう言葉を遣って記述されていることが気になるのです。ここで空間≠フ意味するところは、もちろん宇宙空間≠フことで、物質≠ニは星≠ナあり、特に天体物理学的にはマゼラン雲やアンドロメダ星雲(M31)、さらには何億光年の彼方に散らばる、遠方の大星雲≠指すはずです。そもそもそういうスケールの話なわけです。ここでタルホが敢えてかどうか分かりませんが、天体物理学の用語を持ち出さずに、空間≠ニ物質≠ニいう一般的な言葉を遣って記述しているとき、タルホの頭の中では、天体の問題を、地上的な空間イメージに置き換える作業が行われていたのではないか、と思われるのです。すなわち、
【リーマン空間】→ @遠方の星雲の増え方が距離の3乗より遅い(正の曲率) → A遠方に星雲が少ない → B遠方に物質が少ない → C向こうに物質が少ない(こちらに物質が多い)
【ロバチェフスキー空間】→ @遠方の星雲の増え方が距離の3乗より速い(負の曲率) → A遠方に星雲が多い → B遠方に物質が多い → C向こうに物質が多い(こちらに物質が少ない)
このようにタルホの頭の中で脳内変換≠ェ行われていたのではないか、と想像しています。そして空間イメージが、Cのように向こう≠ニこちら≠ニいう言葉に置き換えられたとき、非ユークリッド空間は天体≠ゥら地上≠ヨと降臨(?)したのではないかと思われます。
もはや、向こうとこちらの物質の質量の多少によって、空間の性質は変化するのです。
彼我のあいだに一時的な双曲線的曲率が発生するからであろう。つまり我が佇む突堤そのものの引力の他に、いま一つ別な新しい磁場のようなものがそこに生じるのである。(「新歳時記の物理学」、全集9、p.366〜367)
というように、まさに空間あっての物質≠ナなく物質あっての空間≠ェ一時的に発生≠キるのです。それが船であれ、サーカスのテントであれ、建築物であれ、向こうに大質量(タルホは偉人≠煖唐ーており、人間の精神的質量≠も加えています)の物体が生起するとロバチェフスキー空間となり、その物体が無くなるとリーマン空間となるのです。
だとすれば、ユークリッド空間というのは、そのどちらでもない、向こうとこちらの質量が均衡状態にある空間≠ニいうことになるのではないでしょうか。
ここからはもう、リーマン空間/ロバチェフスキー空間という本来の物理学的概念とは全く異質な、タルホ・マジカル・ワールド≠ノ突入した感があります。しばらく、そこから見えてくる世界について考えを巡らせてみましょう。
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