1月 ★「古典物語(1)」<意匠>[5-120]
2月 ★「古典物語(2)」<意匠>[5-120]
3月 ★「古典物語(3)」<意匠>[5-120]
3月 ★「悲壮美の一面性に就て」<月刊文章>[8-259]
☆この作品の中に、「病後日浅く、私は未だ物事を纏めて考えられないが……」とあるのは、前年秋のチフスのことであろう。
☆この中に、「現存(dasein)」「存在」「存在者」なる実存哲学的用語が出てくるが、これはキェルケゴールからではなかろうか?(ハイデッガーは戦後のはず)。
4月 ★「非情物語」<月刊文章>[→「水晶物語」1-214]
☆前年11月の続き。サブタイトル「ポール・ヴァレリイ氏を笑はせる為に」。
6月 ★「キヤプテン・カポロ」<若い人>[全集不掲載]
☆未見
夏
★『カルト・ブランシュ』の沢渡恒は三省堂出版部につとめていたが、ある時彼は青少年向きの飛行機の本を書くようにと持ち込んできた。原稿は夏までにまとまった。(「東京遁走曲」『東京遁走曲』p.31)
☆文脈からは数学塾に戻ってからのことだと思われるので、この「夏」とは昭和17年のことか。
★一九一五年の春、サンフランシスコのブルーメン紙に連載されたスミス自叙伝の訳文を、大阪の中正夫が持っていた。私は『飛行機物語』の中へ入れるつもりで、中君からそれを借り受けて、「赤翼の飛行機」を書いた。ところが三省堂出版部の沢渡恒は、「この部分は別に発表した方がいい。将来何かの役に立つだろうから取って置いては」と云って、返してきた。(「タルホ=コスモロジー」『全集11』p.481〜482)
☆これが戦後、「懐かしのアート・スミス」に。
7月末
★七月末の暑い日、高田馬場駅から西武電車に乗って、朝露に光っている芋の葉を車窓の直下に眺めながら所沢へ出向いた。(「東京遁走曲」『東京遁走曲』p.32)
☆『空の日本飛行機物語』のための写真収集の用事なので、この「七月末」も昭和17年のことか。
8月 ★(アンケート:五月号について)<意匠>[13-462]
☆「箒星通信」欄での回答
8・9月 ★「猫町への移住者」<若い人、8・9月合併号>[8-263]
9月 ★「愚かなる母の記」<新風土>[7-190]
☆後半部。前半部は昭和16年11月の「婦人画報」へ。
10月 ★「文学者の気持」<月刊文章>[8-265]
☆この中に初めて出版記念会に居合わせたことが述べられているが、誰の会であったろうか?
10月 ★(「デカドクラブ」欄の短文)<カルト・ブランシュ>[13-462]
☆「カルト・ブランシュ」終刊にあたってのコメント。無題。