1月 ★タルホ・クラシックス(X)〈作家〉
「Souvenir de l'Aeroplane I」[→「ライト兄弟に始まる」6-3]
2月 ★タルホ・クラシックス(X)〈作家〉
「Souvenir de l'Aeroplane II」[→「ライト兄弟に始まる」6-3]
3月 ★タルホ・クラシックス(X)〈作家〉
「Souvenir de l'Aeroplane III」[→「ライト兄弟に始まる」6-3]
4月 ★タルホ・クラシックス(X)〈作家〉
「Souvenir de l'Aeroplane IV」[→「ライト兄弟に始まる」6-3]
5月 ★タルホ・クラシックス(X)〈作家〉
「Souvenir de l'Aeroplane V」[→「ライト兄弟に始まる」6-3]
「追加・菜の花と飛行機」[→「ライト兄弟に始まる」6-3]
5月 ★「エーロスの道」<意匠>[12-362]
6月 ★「懐しのアート・スミス」<作家>[→「墜落」6-300]
7月 ★タルホ・クラシックス(XI)〈作家〉
「わたしの耽美主義」[1-60]
「附・夢がしゃがんでゐる」[1-129]
7月 ★「東京遯走曲」<新潮>[→「わが庵は都のたつみ──」9-74]
☆「わが庵は都のたつみ」(『大全5』p.70)に、「彼(衣巻省三)は現今、僕のいる宇治からは目と鼻のあいだの伏見に住んでいる」とある。初出はこの「東京遯走曲」なので、この頃衣巻は京都に住んでいたのであろう。
8月 ★タルホ・クラシックス(XII)「僕の「メロンタ・タウタ」」<作家>
「彗星倶楽部」[1-251]
「螺旋境にて」[1-262]
「月光密輸入」[1-270]
9月 ★タルホ・クラシックス(XIII)〈作家〉
「ぼくの触背美学」[9-344]
「附・かものはし論」[3-268]
10月 ★タルホ・クラシックス(XIV)〈作家〉
「きらきら日誌」[→「横寺日記」7-345]
10月 ★「異物と空中滑走」<群像>[→「単3乾電池」4-298]
11月 ★タルホ・クラシックス(XV)〈作家〉
「夏至物語」[8-43]
12月 ★タルホ・クラシックス(XVI)〈作家〉
「姦淫への同情」[8-174]
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◇そのころ府が赤字財政になって、夫婦共稼ぎの職員の片方に退職勧告があった。……その場では首切りをまぬがれたものの、お返しがきて、伏見から叡山の麓の、精薄児施設・八瀬学園へ転勤を命ぜられた。ひとりで住み込みの勤務である。(p.118)
◇精薄児施設八瀬学園での三年間は、島流しのようなものであったが、……私は土曜日の午後から宇治へ帰って、日曜日には家庭人になり、月曜の朝八瀬へ出勤した。学園の松村先生は……稲垣といつの間にか親密になり、後日、稲垣作品の年譜、解説等の専任者になった。(p.123)
☆同書年譜によると、志代の八瀬学園への単身赴任は昭和30年から。昭和34年に伏見区の府立桃山婦人寮に転任するまで続いた。
☆松村實氏のこと。同書p.166によると、「八瀬学園はその後、桃山学園と合併して近くに引っ越してきた。松村先生が、稲垣と親密になる機会が多くなったのも、学園が十数分で往復できる距離になったことにもよる」とある。合併がいつのことか不明だが、タルホが桃山婦人寮の職員宿舎に移った以後のことであろう。