1月 ★タルホ・クラシックス(XXVIII)〈作家〉
「古典物語」[5-120]
1月 ★「花月幻想曲」<きょうと>[→「花月ファンタジア」13-95]
2月 ★タルホ・クラシックス(XXIX)〈作家〉
「私の宇宙文学」[9-291]
3月 ★タルホ・クラシックス(XXX)〈作家〉
「悪魔の魅力」[8-163]
「附・雪ケ谷日記」[8-62]
4月 ★「Prostata〜Rectum機械学」<作家>[4-323]
5月 ★タルホ・クラシックス(XXXI)〈作家〉
「菫とヘルメット」[1-235]
5月 ★「文学者の本分」<三田文学>[11-33]
6月 ★タルホ・クラシックス(XXXII)〈作家〉
「彼等」[3-146]
「附・臀?(トナメ)日記」[→「ちょいちょい日記」1-202]
7月 ★タルホ・クラシックス(XXXIII)〈作家〉
「莵」[7-62]
7月 ★「四次元談義」<季節>[11-36]
7月 ★「月への気球」<群像>[11-40]
8月 ★タルホ・クラシックス(XXXIV)「蜩とレーディオの歌」<作家>
「ひぐらし」[→「蜩」7-91]
「レーディオの歌」[3-169]
8月 ★「飛行機の黄昏」<机>[6-393]
☆これは1941(昭和16)年8月「文芸世紀」発表の「飛行機の黄昏」とは別の作品。『全集』では「飛行機の黄昏 2」としている。
9月 ★タルホ・クラシックス(XXXV)〈作家〉
「北落師門」[7-101]
10月 ★「シネマトグラフ」<作家>[9-316]
10月26日
★スプートニクが成功した同じ月の二十六日、ダブリンで七十九才で亡くなったダンセーニ卿が、書いている。(「香なき薔薇」『大全6』p.430、『全集11』p.26)
☆スプートニク1号の打ち上げは1957年10月。ダンセーニは1878-1957年。同様の記事が「痔の記憶」(『大全6』p.456)に。
★ロード・ダンセーニは、スプートニクが成功したあの同じ月の二十六日にダブリンで七十九歳で亡くなった。(「紅薔薇の小径」『全集11』p.106)
11月 ★タルホ・クラシックス(XXXVI)〈作家〉
「有楽町の思想」[8-29]
「附・放熱器」[→「ラジエーター」8-87]
☆この「放熱器」は、『悪魔の魅力』に収録された作品の改訂。のちに「ラジエーター」と改題された。
11月 ★「ボクの蕪村手帳」<季節>[→「僕の蕪村手帳」11-42]
12月 ★タルホ・クラシックス(XXXVII)〈作家〉
「弥勒」[7-237]
☆「タルホ・クラシックス」のシリーズ名がないが、おそらく「XXXVII」であろう。
12月 ★(『現代日本文学全集 85 大正小説集』)《筑摩書房》
収録作品(2編)「一千一秒物語」「星を造る人」
◇あれからすぐ筑摩の全集送ってきました。(p.130)
☆タルホから、八瀬学園に単身赴任している志代宛のハガキ。上記の全集のことであろう。
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◇大阪の読売から若い記者が、火星と月見にかけて五枚書いてくれといってやってきました。それはけさ送りました。(p.131)
☆上記に続く(ハガキ二)の文面中であるが、この作品は時期・題名とも不祥。