1月 ★「稲生家=化物コンクール」<海>[13-142]
1月 ★「我が見る魔もの」<芸術生活>[11-351]
☆この中に「アルコール入院をして、近所の小幡山の麓にある小病院の個室にベッドに横たわっている時に、その期間は約二日、三日で、四日目になると恢復が始まり、長くて五日目には退院するならいである」とある。この「小病院」とは大石医院のこと。
☆萩原幸子氏の著書『星の声』の中の「受賞後」(p.66〜)参照。
☆この中に「戦後にディトリッヒ主演の『ガス灯』というフィルムがあった」とあるが、これはイングリッド・バーグマン主演の間違いだろう。(本年譜ノート、1947(昭和22)年6月の項参照)。
☆同じく「終戦直後に浅草六区で封切られた『肉体と幻想』(Fresh and Fantasy)の中に、……」とあるのは、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の作品で、日本封切りは昭和21年。
1月 ★「あいまいメガネ」<雷鳥>[12-438]
2月 ★「オールドゥヴル」<作家>[13-74]
「ある旧友からの音信」
3月3日
★パイオニア10号に托したメッセージを手にする幾百万年後の知的生物とは、すなわちこのわれわれ自身にほかならない。これが志賀さんには判らなかった。(「「非ユークリッド」との因縁」『全集11』p.368)
☆パイオニア10号は1971年3月3日に打ち上げ。
3月 ★「鉛の銃弾」<文学界>[10-312]
3月 ★「墜落」<海>[6-300]
3月 ★「宇宙論入門(1)」<遊、2号>[5-365]
3月 ★「「非ユークリッド」との因縁」<毎日新聞、3月29日>[11-366]
3月 ★『パテェの赤い雄鶏を求めて』《新潮社》
収録作品(14編)「パテェの赤い雄鶏を求めて」「足穂映画論」「我が黙示録」「非ユークリッドへの憧れ」「わが稲垣足穂小全と読者群」「月愛三昧」「コリントン卿登場」「お化けのムーン」「飛行精神」「三島ぼし隕つ」「ギリシア的男性愛への憧れ」「廻るものの滑稽」「真鍮の砲弾」、(対談)「瀬戸内晴美さんとの問答」
3月 ★『鉛の銃弾』《文藝春秋社》
収録作品(3編)「轣轆」「鉛の銃弾」「附録・月球儀少年」
「轣轆」末尾の「旧友の作れるSLの歌」は[全集不掲載]
「附録・月球儀少年」は[全集不掲載]
☆この附録は、AO君という読者からの手紙から成っているので、全集には収録されていない。
函帯:「《鉛の銃弾》自註」[13-432]
4月 ★「サド侯爵の功績」<ユリイカ>[11-373]
4月 ★「朔太郎フラグメント」<ユリイカ臨時増刊「萩原朔太郎」>[→「朔太郎オナニスト」11-369]
4月 ★「大阪の島津さん」<きょうと>[13-75]
5月 ★「誰にも似ないように」<芸術生活>[8-199]
5月 ★「宇宙論入門(2)」<遊、3号>[5-365]
5月 ★「男性における道徳(1)」<中央公論>[10-3]
5月 ★「天守閣とミナレット」<海>[10-530]
5月 ★(対談:川端康成はラテン系日本人である)<週刊文春、5月8日号>[全集不掲載]
☆草柳大蔵との対談
6月 ★「男性における道徳(2)」<中央公論>[10-3]
6月 ★「川端梟」<文学界>[全集不掲載]
☆『足穂拾遺物語』(高橋信行編、青土社、2008年)に収録された。
6月 ★「SLの歌」<現代人>[全集不掲載]
☆「別冊新評 稲垣足穂の世界」(新評社、昭和52年4月)に、タルホ直筆の「SLの歌」の原稿の写しが掲載されており、(「現代人」昭和四十七年六月号)の注記がある。
☆これは、この年3月に刊行された『鉛の銃弾』中の「轣轆」末尾の「旧友の作れるSLの歌」と同じものである。ただし、若干語句に違いがある。
6月 ★(推薦文:『タ゜ンセイニ幻想小説集』の函帯)《創土社》[13-432]
6月 ★『菫色のANUS』《芸術生活社》
収録作品(23編)「煌ける城」「夢がしゃがんでいる」「白鳩の記」「飛行機の哲理」「『星遣いの術』について」「童話の天文学者」「ココァ山の話」「放熱器」「電気の敵」「ファルマン」「犬の館」「夏至近く」「つけ髭」「フェヴァリット」「螺旋境にて」「第三半球物語」「オールドゥヴル」「痔の記憶」「アドラティ=バウァナ」「菫色のANUS」「世界のはて」「海と『存在』」「デザートの代りに」
「菫色のANUS」は[全集不掲載]
7月 ★「男性における道徳(3)」<中央公論>[10-3]
7月 ★「ミシンと蝙蝠傘」<海>[3-212]
7月 ★「海港奇聞」<神戸っ子>[12-439]
7月 ★「ノアトン氏の月世界」<文学の旅>[12-449]
☆『全集』解題には、昭和48年12月「文学の旅」に発表とあるが、出版社不明。『星の都』(マガジンハウス)には、「文学の旅」(昭和47年7月号、千趣会刊)とあるので、こちらを採用。
7月 ★「津田画伯の回想」<日動画廊「津田季穂展1972」>[12-443]
8月 ★「男性における道徳(4)」<中央公論>[10-3]
自宅焼失
8月9日
★去年の八月上旬、私は桃山の養斎の住いを焼け出されて、十二月末まで、「三夜荘」背後の仲町邸の二階にお世話になっていた。(「桃山の桃」『全集12』p.449)
☆萩原氏の年譜では、「八月九日、自宅焼失。伏見区桃山町本多上野の仲町方へ十二月末まで仮寓」。
★せんだっての私の住まいの火事では一匹の白猫が「ぎせい」になった。……私が文学大賞をもらった年の秋に、庭に常に集まっていた猫の中から、ひよわな白い子猫を取り上げて、畳の上に置いたのがきっかけになっている。(「「生」の陰の「犠牲」」『全集11』p.381)
☆この火事の失火原因について述べている。「さて、どうして白昼、二時すぎに火が出たのか。これは息子が染織業なので、その仕事場が西側にあって、そこに絵を描くための蝋のナベがガスコンロの上に載せてあった。息子の弟の長髪族で、仕事を手つだっていたのが、そのガスの火を消さないまま近所の喫茶店へ出かけたのである」。
☆文学大賞をもらったのは1969(昭和44)年。
☆同じ箇所に、「京都へ移ってからも、井戸へ落ちた猫を救けるために、十二月の古井戸に中へ飛び込んだことがある。その猫は助かったが、間もなく近所の畑にまかれた農薬をたべて、月末に死んだ。この遺体には朱色の小さな数珠を首にかけて当時の住所であった宇治恵心院の墓所の傍らに埋めたのである」とあるのは、何年のことか?
★私は、『天使論』を二、三十ページくらい読み進んだ。その時に火事が起こり、我が住いは約五年間にわたる繋縛を脱して、空間中へ解放されてしまった。(「すでに肉体が真理である=v『全集11』p.385)
☆『天使論』は1972(昭和47)年6月に現代思潮社から刊行された舞踏家・笠井叡の著書。
8月 ★「桃山暮し記」<朝日新聞、8月12日>[11-376]
☆この原稿は火災前に書いたものか。
☆この中に、「私は隔日に、桃山南口の丹後橋を渡り、桃山御陵石段の下、即ち西野弥平次が住んでいた駿河守屋敷跡を通って、通称「清水谷」をまっすぐに、大手筋京阪電鉄桃山駅のそばの「桃山湯」まで出向いている」とある。
8月 ★(談話記事:火事は吉兆、棄てるべきはホーム)<週刊朝日、8月25日号>[全集不掲載]
9月 ★「私の祖父とシャルル・パテェ」<海>[10-200]
10月 ★「「生」の陰の「犠牲」」<読売新聞、10月19日>[11-379]
10月 ★「宇宙論入門(3)」<遊、4号>[5-365]
10月 ★「タルホ座流星群」<小原流挿花>[全集不掲載]
☆編者の中嶋典夫が、タルホ作品の中から、さまざまな言葉を抽出して並べたもの。タルホ編でないためか、全集不掲載。
☆『タルホ座流星群』(大和書房、1973年6月)に収録。亀山巌による飛行機のイラスト多数。
10月 ★(アンケート:今どき珍しい人に聞く)<週刊文春>[全集不掲載]
10月 ★『青い箱と紅い骸骨』《角川書店》
収録作品(13編)「青い箱と紅い骸骨」「七話集」「北極光」「星澄む郷」「矢車菊」「薄い街」「或る小路の話」「美しき穉き婦人に始まる」「菟」「地球」「愚かなる母の記」「底なしの寝床」「跋にかえて」
☆「跋にかえて」は、「わが一九二三年のマニフェスト―耳隠しのかなた―」より
11月 ★「鼻高天狗はニセ天狗」<海>[10-246]
11月 ★「男と女」<潮、臨時増刊「婦人と暮し」>[全集不掲載]
11月 ★「すでに肉体が真理である=v<美術手帖>[11-383]
☆笠井叡著『天使論』について
11月 ★(対談:女にもてるいやらしいヤツら)<週刊文春、11月20日号、「お好み対談6」>[全集不掲載]
☆東海林さだおとの対談
11月 ★「タルホ座流星群」<小原流挿花>[全集不掲載]
12月 ★「「後庭花」雑話」<ちくま>[11-387]
12月 ★『ミシンと蝙蝠傘』《中央公論社》
収録作品(4編)「ミシンと蝙蝠傘」「天守閣とミナレット」「墜落」「稲生家=化物コンクール」
12月 ★『New Writing in Japan』《Penguin books》
収録作品(1編)「ICARUS」
☆「イカルス」の英訳。[全集不掲載]
12月 ★「タルホ座流星群」<小原流挿花>[全集不掲載]