弥  勒  が  弥  勒  に  な  る  ま  で   (IV)

──〈 貝 殻 状 〉 〈 う し ろ 姿 〉 〈 二 重 〉




も く じ

* * *

P博士をめぐる3つの作品


〈貝殻状〉宇宙


〈うしろ姿〉と〈二重〉


『P博士の貝殻状宇宙に就いて』から削除された部分


イームズの "Powers of Ten"


〈うしろ姿〉後日談


〈立返る〉〈立戻って〉〈立帰って〉


イメージの在り処





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P博士をめぐる3つの作品


 タルホの作品に『P博士の貝殻状宇宙に就いて』というのがあります。自註の『タルホ=コスモロジー』によると、

 四次元世界について何か書いてくれとの注文があって、『近代物理学とパル教授の錯覚』を「改造」に発表した。これを改作、『P博士の貝殻状宇宙』と題して、「科学画報」の科学小説特輯号に載せた。更に頭の中にあった『P博士のコスモロジー』を加えて、第二次改作をやった。(『全集2』p.399)

とあります。上の記述を補うと、『P博士の貝殻状宇宙』は『P博士の貝殻状宇宙に就いて』が正確なタイトルで、「第二次改作」とは『似而非物語』を指します。ただし、〈加えて〉とあるのは、『P博士のコスモロジー』でなく『Q教授の双曲線宇宙』だと思います。発表年は、『近代物理学とパル教授の錯覚』が昭和3年4月、『P博士の貝殻状宇宙に就いて』が昭和5年9月、『似而非物語』(「文芸汎論」)が昭和12年4月です。
 最初の『近代物理学とパル教授の錯覚』は後の2作とは少しニュアンスが異なる作品ですが、『P博士の貝殻状宇宙に就いて』と『似而非物語』は、ほぼ同じ構成の作品となっています。ちなみに『似而非物語』は、ずっと後になって『生活に夢を持っていない人々のための童話』(昭和48年2月、「海」)の中に、「 I 無何有郷」の見出しの下に、改訂して組み込まれました。
 この中で、今回筆者が特に取り上げようとしているのは『P博士の貝殻状宇宙に就いて』です。その理由は、改訂作の『似而非物語』で削除された末尾部分に興味深いことが書かれているからです。タルホは改作の過程で、作品としての簡潔さを目指すために、初稿で記したものを大幅に削除することがあります。本サイトの〈タルホ円錐宇宙創造説〉で取り上げた部分などはその典型的な例です。しかし、その削除された部分にこそ、タルホの考えの核心のようなものが未整理のまま記されていることがあります。
 さて、その削除部分を取り上げる前に、まずは改題・改訂作の『似而非物語』から見ていきましょう。


〈貝殻状〉宇宙


 『似而非物語』の冒頭には、左回りの方向に矢印の付いた実線と、点線とで表された〈貝殻状〉の図が示されています。中心にある小さな円周は点線だけで、いちばん外側の円周は全部が実線になっています。これは〈Pという天文学者の宇宙なのです。しかし別に宇宙がこんな形をしているというのではありません〉と述べられています。
 点線を〈世界点のつらなり〉、実線を〈世界線〉(あるいは〈意識線〉)と称するが、ただし〈世界線〉というのは数学者のミンコフスキーにおける概念ではなく、〈意識線〉も通常の〈意識〉のことではないと断っています。そして〈世界点〉も〈世界線〉も今のところ何を意味するか不明だとしています。
 この〈貝殻状〉の図は、静止したものでなく、動的な状態を表しています。

初めのうちこそ世界点の方が有力であるが、それは次第に世界線に圧迫され、ついに追いつかれてしまった時を限界として、世界点は消滅する。しかもこんな次第は遼遠な未来における予測ではなくて、現に、私たちの世界線はすでに世界点を征服して自らの出発点に立ち帰っている……P博士は以上のように説いて、その世界線がいついかにして出発点へ帰ったかを決定しようとする仕事に取りかかっているのだそうです。(『全集2』p.218)

 このように述べていることから、〈貝殻状〉の図において、〈実線〉と〈点線〉からなる中程の3本の円周が、〈初めのうちこそ世界点の方が有力であるが、それは次第に世界線に圧迫され〉ている様子を表し、〈実線〉だけで描かれたいちばん外側の円周が、〈ついに追いつかれてしまった時を限界として、世界点は消滅する〉状態を示していることになります。


〈うしろ姿〉と〈二重〉


 〈貝殻状〉で示されたP博士の宇宙論は、〈心理学的な比喩〉ではなくして、〈物理学的対象〉である或物である、と念押しされます。そして〈それは云いかえると〉として、〈貝殻状〉の話は、そこから突然〈双眼鏡〉や〈大望遠鏡〉の話に展開していきます。

それは云いかえると、「無限」を知るためには双眼鏡を執ればよい、そこには自分自身のうしろ姿が映るであろうと云われていますが、すでに私たちの大望遠鏡においてはそのことが行われている。しかもここを通り抜けたならば、循環は延長と誤認されて、同一視野が二重にも三重にも置かれてくる。(中略)すなわち、私たちが現に見ている遠方の星の中の或る者は幽霊星である。云いかえると、それは二重に見ている、すでに一度見たところの星である。(『全集2』p.218〜219)

 無限の遠方を双眼鏡で見ると、自分の〈うしろ姿〉が映るだろうと言われているが、すでに大望遠鏡で見る遠方の星の中には、二重にも三重にも見ている──つまりその星の〈うしろ姿〉を何度も見ているものがある、と言っています。〈それは云いかえると〉とは、先の〈貝殻状〉宇宙論で〈私たちの世界線はすでに世界点を征服して自らの出発点に立ち帰っている〉と述べたのと同じだ、と言っていることになります。
 ところが『似而非物語』では、〈貝殻状〉〈うしろ姿〉〈二重〉についての記述はここで終わり、それ以上の詳しい説明がありません。
 ちなみに、これまでの話を具体的に補足するようなことが、ずっと後になって書かれた『タルホ=コスモロジー』に記されています。

貝殻状空間の着想がやはり、壁をへだててダンス曲のジャズを聴いていた時であった。嬉しくなって、その数時間は心がうきうきしていたことをよく憶えている。「無限を知るには双眼鏡を取って前方を覗くがよい。そこには君自身の後頭部が見えるであろう」F・マルティネスこと、即ちフランシス・ピカビアの随筆で読んだのであるが、これとは別に関係なく、不意に貝殻状空間が自分の脳裡に浮んだ。この場合は、望遠鏡に映った後頭部は一つでなく、それが幾重にもかさなっているのである。(『全集2』p.399〜400)

 ここには、その着想が〈西巣鴨新田時代〉であったことが示唆されています。また〈うしろ姿〉の話の出処がピカビアだったことが明かされます。この間の事情をさらに詳しく述べている箇所があります。それは『未来派へのアプローチ』です(改題・改訂作の『カフェの開く途端に月が昇った』では、この部分をほとんど削除)。

このカガシ屋≠フ二階で新刊の明星≠フページを繰っていたところ、ピカビアの短文に出くわした。(中略)若しこの高名な物理学者(筆者注:〈アインシュタイン〉のこと)に「無限」について質問したら次のように答えるであろう。「よろしい。無限を知りたいならロルニエットを取ってずっと前方を眺めてごらんになることです。しかしひょっとしてあなたは、そこにご自身の後頭部の他に何者も見ないかも知れませんよ」私の似而非物語≠ノ出てくる貝殻状宇宙は、しかしピカビアの追憶談がヒントになっているわけでない。あれは自分一人で思い付いたのだ。この場合は向うに見える我が後頭部は一つでない。それは幾重にもなっていると云うのである。

 これを見ると、ピカビアの短文に出くわしたのは大正11年頃のようです(〈明星〉の出典は未詳)。ピカビアはそこで、アインシュタインなら無限を説明するのに〈後頭部〉のたとえを持ち出して答えるだろう、という言い方をしていたのでしょう。ただし、ピカビアと違って〈貝殻状宇宙〉では、〈望遠鏡に映った後頭部は一つでなく、それが幾重にもかさなっている〉ということをタルホは強調したいわけです。
 いずれにせよ、これまでの記述を振り返ってみると、いちばんの要点は、そこに〈無限の円周〉のようなものが想定されている、ということだろうと思います。


『P博士の貝殻状宇宙に就いて』から削除された部分


 『P博士の貝殻状宇宙に就いて』を『似而非物語』に改題・改訂する過程で削除された部分には、実は〈うしろ姿〉についての考察が続けられていたのです。

空間のむこうに自分のうしろ姿を見つけようとするなら、それはどんな事になるだろうと考え出していました。その曲線の半径が十億光年くらいのものにすぎないとしても、このとき吾々がずっと遠方にみとめた吾々の太陽系とは十億年以前の状態でないか……そんなにして見つけた自分が今の自分でないとしたら、こんな事情のためにぐるぐる巡りが行なわれ、過去を取戻そうとすることが吾々を未来へ運ぶことになる……(『多留保集6』p.91)

 ここで言わんとしていることは、〈遠方にみとめた吾々の太陽系〉──その惑星の中の一つである地球上に住んでいる自分、その〈うしろ姿〉は今の自分でなく、十億年前の自分のものである、ということでしょう。ただ、〈過去を取戻そうとすることが吾々を未来へ運ぶことになる〉という意味はよく理解できません。〈うしろ姿〉の自分が十億年前の自分であるなら、〈今の自分〉は十億年後の自分である、というようなことを言わんとしているのでしょうか。
 以下に記述されている内容はさらに分かりにくく、ほとんど論理的にその意味を追っていくことが困難です。しかし何かタルホ独自の考え方が表出されているように思いますので、そのまま引用します。

それにしても求める方向は、特別な区域というわけではなかろう。ここに自分が何を見ても、自分が見ていることによって、そのものが自分のうしろ姿をさえ切って(原稿ママ:〈遮って〉か)いるものなら、それは自分の一部分であると云わなければならぬ。卓上の薔薇が自分から一メートル離れているなら、その薔薇は一メートル光時、即ち光が一メートル進行する時間だけ以前の自分であると云うことになる。それならば、何をどの方向に見てもそれが自分であるように、天のいずこをながめても太陽系があるのでないか。それは、星の海の奥の方に、こちらの視線の変るにつれてどこへもくっついてくるところの区域を意味する。さてこんなにして、空間をつらぬいて出発点にかえったことが判明した一周線とは、自分のうしろへ出るために、ここから上の方へまわるのか、下へまわるのか?(『多留保集6』p.91〜92)

 上に書かれていることを、少しずつ区切りながら検討してみましょう。
 最初にある〈求める方向〉というのは、〈うしろ姿〉を求める方向のことでしょう。それは〈特別な区域〉ではないだろう、と言っているわけです。つまり、観測する区域はどこでもいいのではないか、と。ところがここから分からなくなってきます。

ここに自分が何を見ても、自分が見ていることによって、そのものが自分のうしろ姿をさえ切っているものなら、それは自分の一部分であると云わなければならぬ。

 これは一体何を言わんとしているのか? 自分がどんな対象物を見ても、それを見ることによって、対象物が自分の〈うしろ姿〉を遮っているならば、つまり見ている自分と自分の〈うしろ姿〉との間にあって邪魔をしているならば、その対象物は自分の一部分である、と言っているようです。この〈自分の一部分である〉が分かりません。観測される対象物が、観測する自分の一部分であるとはどういうことでしょうか?
 続く例も非常に分かりにくいです。

卓上の薔薇が自分から一メートル離れているなら、その薔薇は一メートル光時、即ち光が一メートル進行する時間だけ以前の自分であると云うことになる。

 これはよく例に挙げられるように、1万光年の彼方にある銀河は1万年前の姿であり、1億光年彼方の銀河は1億年前の姿であるというのを、日常的な短い距離と時間の例に置き換えているわけです。ところが普通なら、〈卓上の薔薇が自分から一メートル離れているなら、その薔薇は一メートル光時、即ち光が一メートル進行する時間だけ以前の〈薔薇〉である〉と言うべきところを、ここでは〈薔薇〉を〈自分〉に置き換えているのです。観測される対象物を、観測する自分に置き換えているわけです。

それならば、何をどの方向に見てもそれが自分であるように、天のいずこをながめても太陽系があるのでないか。

 それはそうでしょう。どんな方向にあるどんな対象物を見ても、それが自分であるのなら、宇宙のどこを見ても太陽系がある──すなわちその中の一惑星である地球上に住む自分がある──というのは当たり前で、むしろトートロジー(同語反復)になっているのではないか。

それは、星の海の奥の方に、こちらの視線の変るにつれてどこへもくっついてくるところの区域を意味する。

 〈どこへもくっついてくるところの区域〉などと持って回った奇妙な言い方をしていますが、要は星空のどんな区域を観測しようと(太陽系がある)、ということではありませんか。
 かつて筆者は、本サイトの〈タルホ円錐宇宙創造説〉で、〈円錐宇宙〉における〈観測する自分〉と〈観測される対象物〉とについて次のように述べました。

すると、そこに立ち現れてくるのは、擬人化された宇宙≠ニ擬物化された宇宙≠ニがイコールで結ばれている世界、あるいは内面化された宇宙≠ニ宇宙化された内面≠ニがイコールで結ばれている世界です。両者の区別がない世界、対立する性質がトポロジー的につながっている世界、クラインの壺≠フように、内が外になり、外がそのまま内になる世界です。いずれにせよ、そこにはいわゆる客観的な宇宙≠ェ存在していません。

 タルホは、『P博士の貝殻状宇宙に就いて』の削除された部分でも、まさにそのようなことを述べていました。

そんな宇宙とは、何か〈そと〉にあるものでなく──いやそんな〈そと〉とはじつは吾々のからだであったかのようにさえ感じられてきました。((『多留保集6』p.89))

 つまりタルホは、〈メービウスの帯〉や〈クラインの壺〉を持ってくれば、〈観測する自分〉と〈観測される対象物〉、つまり〈自分〉と〈薔薇〉とは〈相互置換〉が可能である、と言いたいのではないでしょうか。
 そういえば〈円錐宇宙論〉では、〈意識が目的を達したとき円錐運動は円錐の頂点において消滅する〉というものでした。〈貝殻状宇宙論〉では、〈世界点が世界線に追いつかれたとき、世界点は消滅する〉というのです。筆者は以前から、この両者はどことなく似通っているなと思っていましたが、その理由がいま分かりました。〈貝殻状宇宙〉の中心を上に引っ張って伸ばせば〈円錐宇宙〉になるではないか、と(厳密に言えば、実線と点線を入れ替えなければなりませんが)。
 最後にタルホは次のような疑問に逢着します。

さてこんなにして、空間をつらぬいて出発点にかえったことが判明した一周線とは、自分のうしろへ出るために、ここから上の方へまわるのか、下へまわるのか?

 ここでタルホは〈空間をつらぬいて出発点にかえった〉という言い方をしています。〈貝殻状〉もそうですが、〈うしろ姿〉や〈二重〉においても、タルホが思い描いているのは、自分の目から出た光線(視線)が、大円を描いて宇宙の果てを巡ってきて、自分の〈うしろ姿〉に到達する、というようなイメージではないかと思います。しかし、普通言われているのはベクトルが逆ではないでしょうか。1億光年の彼方にある星の光が、1億年かかって自分の目に到達するのではありませんか。もちろん、1億光年の彼方にある星から太陽(地球)を見たら向きは反対になります。


イームズの "Powers of Ten"


 筆者は、本サイトの〈スプロケットをさらにもう一回転〉の中で、チャールズ & レイ・イームズが制作した"Powers of Ten"という映像作品のことを取り上げました。その内容についてはここで説明するより、今ではYouTubeにその映像が上げられていますので、それを見たほうが早いでしょう。ただし、作品はミクロの世界まで映像化しています。
 イームズのこの映像において、もし最後(最初)のシーンでカメラの焦点が男性の手の甲でなく、自分の〈うしろ姿〉であったなら、タルホの言う〈二重〉の宇宙論を映像で表現したものになるはずです。イームズの映像は〈客観的〉──三人称の視点で構成されているので、最後は眠っている男性の像になっているわけですが、〈自分〉が望遠鏡を覗いているという〈主観的〉──一人称の視点を採用すれば、最後のシーンを自分の〈うしろ姿〉にする映像も可能なはずです。
 もし〈うしろ姿〉が見えれば、宇宙は〈閉じている〉ということになりますし、もし10億光年彼方の映像からさらにどんどん倍率を上げていっても、一向に天の川銀河や太陽系が現れないで、名も知らない銀河が果てしなく現れるだけであったなら、宇宙は〈閉じていない〉ということになります。
 ちなみに、タルホの作品に〈リーマン空間〉と〈ロバチェフスキー空間〉が概念として最初に現れたのは、『浄土とは何処?』(昭和12年10月)です。それは帰省していた明石時代に、梶島二郎の『非ゆうくりっど幾何学』を読んだ成果でした(本サイト〈気配の物理学 part2〉参照)。『P博士の貝殻状宇宙に就いて』には〈ロバチェフスキー〉の名前が登場しますが〈リーマン〉は出てきません。ところが、梶島本を読む以前に書いたものなので、ロバチェフスキー空間について〈三角形の内角の和が二直角よりも大きくなる〉と間違ったことを書いています(ただし『似而非物語』で削除し変更)。
 ともあれ、宇宙が〈閉じている〉なら〈リーマン空間〉、〈閉じていない〉なら〈ロバチェフスキー空間〉を意味することになります。言い換えると、〈うしろ姿〉が見えるなら宇宙は〈リーマン空間〉で、見えないなら〈ロバチェフスキー空間〉だということになります。


〈うしろ姿〉後日談


 この〈うしろ姿〉の話は、戦後になって『遠方では時計が遅れる』(昭和31年2月、「作家」)(改題・改訂作『僕のユリーカ=x)でも取り上げられます。

 双眼鏡の比喩は別にピカビア氏に限らず、当時よく持ち出されたものです。アインシュタインは先の返答に合わして、更に次のように附け加えねばならない筈です。「但し、貴君はご自身の後頭部を遠方に見るためには、六十七億年前から同じ場所に坐り続けているのでなければなりませんよ」と。貴女がロルニエットを通して、ご自身の著しく赤茶けた背中を前方遥かに望見するためには、貴女は約六十七億年前から同じ椅子に座り込んでいなければならないというのです。この数字は原始アインシュタイン宇宙の周辺の値なのです。ところが地球上に生命が発生してから約八億年。人類が出現して以来百万年、地球自身の年齢がだいたい二、三十億と推定されているのですから、どうして貴女が同じ場所に六十億年も坐っておられる道理がありましょう。(『全集5』p.56)

 このようにタルホは、これまでの〈うしろ姿〉の問題について、ここで一応の決着を付けています。〈うしろ姿〉を見ようにも、自分は六十七億年前には存在しなかった、というわけです。では自分ではなく、〈花火〉に見立てたらどうか、とタルホはさらに思考実験を続けます。しかしながら、この宇宙という〈巨大なレンズには、無数の星雲による無量の疵が附いています。焦点が狂う筈です〉と述べ、さらに〈われわれの世界一周旅行のあいだに、日本が日本から途方途轍もない速さで後ずさりしつつあるからです〉と膨張宇宙論を持ち出し、自分の〈うしろ姿〉を見ることの不可能性を強調しています。
 タルホの言うように、そこに〈膨張宇宙論〉を持ち出せば、過去に遡るほど宇宙は小さくなるわけですから、ついにビッグバン時は宇宙は〈点〉という抽象概念になってしまい(〈インフレーション〉や〈無のゆらぎ〉など言われていますが)、〈うしろ姿〉どころの話ではなくなってしまいます。


〈立返る〉〈立戻って〉〈立帰って〉


 さて、これまで多くの字数を費やし、〈貝殻状〉や〈うしろ姿〉や〈二重〉について縷々述べてきた理由は何かと言えば、『弥勒』末尾における以下の部分の傍証を得んがためでした。

『普賢』の作者はなんでも限界を説き、光速に関するアインシュタインの比喩を挙げていた。それから存在ということが明瞭でないからして、現象にまで立返る必要があるのだということを論じていた折に、「こんなわけで、いったん遠隔へ逸脱した菩薩たちも、当然として現実世界まで立戻っていなければならぬ」との結論になったようだ。それならば、あの耳飾りと宝冠をつけた銅板刷の菩薩も、二十世紀に立帰っているのでなかろうか、と彼は考えてみた。

 この一文の中で特徴的なことは、〈立返る〉〈立戻って〉〈立帰って〉という同種類の言葉が、わずか数行の間に3度も繰り返されていることです。それら3つの言葉はいずれも〈元の位置にかえる〉という意味ですが、〈引返す〉ではありませんから、その動きは〈直線的〉でなく、それらの言葉にはある〈円環〉運動のようなものが想定されているはずです。
 そして、このような〈円環〉の問題を扱った作品こそ、『P博士の貝殻状宇宙に就いて』であり、『似而非物語』なのです。〈私たちの世界線はすでに世界点を征服して自らの出発点に立ち帰っている〉とか〈空間をつらぬいて出発点にかえったことが判明した一周線〉といった表現は、明らかに『弥勒』と呼応しています。すなわち〈あの耳飾りと宝冠をつけた銅板刷の菩薩も、二十世紀に立帰っているのでなかろうか〉──今は兜率天に住しているという弥勒菩薩も現在に立帰っているのではなかろうか、という考えは、まさに〈貝殻状〉や〈うしろ姿〉や〈二重〉の着想から発したものではないか、というのが筆者の考えです。


イメージの在り処


 上の記述に続く以下の一文について、その典拠を注記しておきます。

ではそれは何処に居る? 細く新月形に光った金星の尖端に、木星の表面をじりじりと冬の蠅のように匐って行く衛星イオの陰影のなかに、メタンの風吹きアセチレンの波立ち騒ぐ海王星の懸崖上に。──ヒューメーソン博士が撮影した星雲のスペクトラムの中に。そうしてまたこう考えている自分の大脳の中にも、おそらく数ミクロンの光束となって納まっている?

 いかにもタルホ的なこの〈かそけき〉光景の描写の一部は、実はタルホのものではありません。『虹の入江の美観』(昭和13年4月、「婦人画報」)という作品に次のようにあります。

土星の環の上に投じられている主体のかそけき陰影、木星の表面をじりじりと瀕死の蝿の様に匐つて行く遊星の影、又、三日月形になった金星が、その細い尖った先をプラチナみたいに輝かせているのを見る時程、天体と云うものが持っている寂寥と優婉さを感じる事はないと野尻抱影氏が云って居られるが、…(『全集8』p.206)

 つまり、この表現は野尻抱影からの一部借用だったのです。典拠は抱影の『星座春秋』(研究社、昭和9年、p.119〜120)で、抱影は次のように述べています(〈国会図書館デジタルコレクション〉蔵/要ログイン)。

この、土星の影と、木星の月の一つが主星の面にぽつりと落して冬の蝿のやうにぢりぢりと匐(は)はせて行く影と、金星が新月のやうに虧(か)けてそれよりも繊(ほそ)い先端をプラチナのやうに光らせてゐる姿とは、見たことのない人には、いくら話しても想像はつかないだらう。そして、かういふ時こそ彼等は、はつきりと天体たる実感と、併せて宇宙感ともいふべきもので、観る者の胸を打つのである。

 これを見ると、〈海王星〉と〈ヒューメーソン〉はタルホのオリジナルだということが分かります。

 最後に、上に掲げた一文の末尾に、

そうしてまたこう考えている自分の大脳の中にも、おそらく数ミクロンの光束となって納まっている?

という部分があります。これも非常に特異な着想だと思いますが、これにも〈タネ〉のようなものがあります。『タッチとダッシュ』(昭和4年11月、「文芸レビュー」)という作品に次のようにあります。

いつか私をつかまえて、「キミなんかしみじみ月など仰いだことはなかろう、それで結構。お月様の光もこの辺にはいっていてこそ面白いんだ」と云って、たぶんそんな、お月様の光束の長さだと受取れる数ミリの幅を指先でもって示して、その指先をかれ自身の頸のうしろへ廻した男があつた。全く! お星様にしろ、仁丹ほどのつぶになって後頭部にはいっていてこそ、である。そのようなお星様が、『純粋理性批判』を書かせ、また、世界形象の幾何学的性質としての電磁力を導き出させたりなどするのだ。しかしさて諸君! といまさらに呼びかけて、私はクスリなど売りつけようとするのでない。私はここにひとまずお喋りを打切って、明りを消し、わが後脳に嵌りこんだ小さな星を凝視しようとする。(『全集1』p.103〜104)

 これを見ると、月や星の光が〈仁丹ほどのつぶになって後頭部にはいっていてこそ〉というイメージが、〈自分の大脳の中にも、おそらく数ミクロンの光束となって納まっている〉という表現に展開したのではないか、ということは容易に想像できるのではないでしょうか。



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